第2章 山どうぐを選ぼう!〜自分に合った装備の選び方・登山靴編〜
ここは新宿にある登山用品店「石井山専 新宿東口ビックロ店」。都内でも有数の売場面積を誇る、山どうぐの専門店です。
*齋藤…うわー、何か色々置いてある!!ていうか、この山スカート、めっちゃかわいい!
*鷲尾…えっと服は後にして、まずは靴売場に行きましょう。
*齋藤…いきなり靴ですか?
登山靴の選び方
*鷲尾…登山は「あるく」スポーツです。登山している間ずっと履いている靴は、いちばん重要ですよ。
(店員さんを呼んで)すみませーん、この女性の足を測ってもらえますか?齋藤さん、今履いてるスニーカーを脱いで下さい。
*齋藤…測らなくて大丈夫です!いつも22.5cmだから。
*鷲尾…普段は…ですよね。でもいったん裸足になって、この試し履き用の靴下を履いて下さい。
*齋藤…何?この毛糸の分厚い靴下?
*鷲尾…歩いている時の足の裏って、実はすごい汗をかくんです。1日歩くと、片足で缶コーヒー1本分くらいとも言われています。というわけで、登山の場合は夏でも吸水性の良いウールの靴下を履くんですよ。
*齋藤…へー、何かフカフカで気持ちいいかも。
*鷲尾…この足型測定器(写真12)に足乗せて下さい。店員さんは足の長さだけでなく、足の幅や甲の高さも測ってくれますから。極端な人だと、右足と左足で微妙にサイズが違うこともあります。
*齋藤…測ってもらった!両足とも23cmで、幅広&甲高の足だって言われました。
*鷲尾…(店員さんに)ありがとうございます!彼女は登山初心者なんですけど、とりあえず最初のうちは高尾周辺や奥武蔵あたりの低山で練習してもらって、でも夏には北アルプスあたりにチャレンジさせてあげたいんですよね。それをゴールに、見繕ってもらえませんか?
*齋藤…そこまで私の状況をばらさなくてもいいじゃないですか。
*鷲尾…ごめんなさいね。でも、初心者であるほど具体的に「どの季節に、どの山に登りたい」を店員さんにはっきり伝えておくことが、大事なんです。
*齋藤…どうして?
*鷲尾…さっき測ってもらった、齋藤さんの足型に合う靴ってのは最低条件なんですが、低山のハイキングしかしない人と、重い荷物を背負ってガレ場の多い道を縦走したり、雪のある山に登ったりする人だと、靴の種類(=対象となる登山レベル)も違ってくるんです。
*齋藤…何が違うの?
*鷲尾…色々ありますけど一番顕著なのは、靴底(および爪先)の固さと、足首周りのカットの高さですね。例えばさっき履いてきた齋藤さんのスニーカー、靴底を曲げてみると…ほら、こんなに曲がった。次に低山ハイキング向けのこの靴、靴底を曲げてみると…さっきよりは曲がらないですよね(写真13)。最後にアルプスなどの高山縦走向けのこの靴、靴底を曲げてみると…ほら、ほとんど曲がらない(写真14)。
*齋藤…力加減、変えてない?
*鷲尾…そんなインチキ、してませんってば。基本的にレベルが上がるほど、靴底は固くなります。重い荷物を背負っている時に足元が固くて不安定なガレ場を歩いている時に柔らかい靴底だったら、足に余計な負担がかかって辛いですよね。そのために固い靴底でショックを和らげたり、変形を防いだりしているのです。
あと足首まわりのカットを見て下さい。スニーカーだと、足首が靴に覆われてませんよね。それが低山ハイキング向け、高山縦走向けとなるに従って、だんだんカットが高くなってくる(写真15)。
それを靴紐でしっかり固定することで、不安定なガレ場や段差で足首を痛めるリスクを軽減しているんですよ。
あと、この靴底についている黄色いマーク(写真16)、他のメーカーの靴底にもついてますよね。
*齋藤…亀の甲羅みたい!
*鷲尾…はい、これ「ビブラム」というイタリアのメーカーのゴムの靴底なんです。摩擦係数が高いので滑りにくい、そういう素材なんです。
*齋藤…靴自体のメーカーは違っても、靴底は同じメーカーってことだね。
*鷲尾…まあ、絶対この靴底じゃないとダメということはないですけどね。さあ、店員さんがいくつか齋藤さんの足型と目標の山に合った靴をいくつか用意してきてくれましたよ。とりあえず、最初の一足を履いてみて下さい。
*齋藤…よいしょっと。
*鷲尾…OK!じゃあ、そこの坂道(大抵の登山用品店には、実際の山道を想定した坂道を再現した台(写真17)が置いてあります)を登って、下りてみて下さいな。
*齋藤…よいしょ、よいしょ。
*鷲尾…爪先とか踵とか、足首の前後とか、どこか靴と当たって痛いところはないですか?
*齋藤…今のところ大丈夫みたい。
*鷲尾…じゃあそれ履いたまま、ザックや服を選びに行きましょう。
*齋藤…履いたままでいいの?
*鷲尾…そうやって店内をうろうろしている間に3~40分はあっと言う間に過ぎてしまいます。その間に足に違和感や痛みを感じたり、そうでなくても複数の候補を履き替えたりして、本当に自分に合った靴を見つけて欲しいのです。そのため、靴売場を最初にご案内したんですよ。
(数十分後)
*齋藤…結局2番目に履いた茶色の靴が、いちばん私の足に合ってるみたい。でも、最初に履いたネイビーの靴が、色もデザインもいちばん気に入ってたんだけどな。
*鷲尾…(断腸の思いで…)じゃあ、2番目の靴にしましょう。靴は、見た目より自分にあっていて履きやすいかを最優先すべきアイテムです。色やデザインは、他のグッズでも楽しめますから。
*齋藤…はいはい、わかりましたよっと。でもこの靴、4万円もするの?
*鷲尾…確かに安くはないです。でもこの靴のタグみて下さい!「靴底張替=○」って書いてありますよね?結構長く使えますよ。
*齋藤…靴底って、張り替えるモノなの?
*鷲尾…はい、汚れをそのままにしておくのは論外ですが、使わないで大事に靴箱にしまっておいたとしても、皮(合成皮革や化学繊維の場合もある)で出来た靴本体とゴムで出来た靴底を接着剤で貼り合わせている以上、だいたい4~5年で経年劣化して靴底は剥がれてしまうんです。しかも、これは私の個人的な経験則なんですが、片足が剥がれるともう片方もほぼ同時に剥がれます。
*齋藤…あらら。登山中に剥がれたらどうするの?
*鷲尾…安全第一で考えるなら、テーピングとかで応急処置して、とりあえず下山した方が良いですね。それが嫌な人のために、最近は山小屋でも登山靴を売っているところも増えてきましたけどね。
*齋藤…もともと履いてた靴が安いものだったら、いさぎよく買い換えた方がいいのかもね。
*鷲尾…それなんです。1~2万円前後の靴って「靴底張替=×」の場合が多い。なぜなら張替の工賃が1~2万円するから、だったら新しい靴を買った方が良いという結論になる。逆に高い靴であればあるほど(自分の足に合っていれば尚更)長く使えるように「靴底張替=○」のケースが多いんです。
*齋藤…色もデザインもイマイチと思ったけど、何だか2番目の靴、ちょっと愛着湧いてきたかも。
*鷲尾…登山を始める段階で、自分の足に合う靴に出会えたのはラッキーですよ!外国製の登山靴だと、未だに西洋人の足型(幅が狭く甲も低く足首の可動域も狭い)に合わせて作られた靴も未だに多いので、自分に合うものがなかなか見つからない人も多いんです。大切に使って下さいね。
☆第3章へ続く☆
第1章 登山計画を立てよう!
いつ、どんな山に行く?
標高と標高差
*鷲尾…ひと口に山と言っても、高尾山と富士山では登れる時期も必要な装備や体力も、全然違います。それはわかりますよね?
*齋藤…高さが違うってこと…だよね?
*鷲尾…半分は正解です!標高1,000m前後のいわゆる「低山」と、標高2,000mを超える「高山」では、まず登山に適した時期が違います。低山(写真1)の場合、雪さえ積もっていなければ真冬でも楽しめますし、逆に真夏に登ると暑かったり虫が多かったり、かえって登山に不向きな場合もあります。高山の場合、平地ではいわゆる春や初夏と呼ばれる5~6月でも雪がたくさん残っていたり、紅葉時期の9月~10月以降は、また雪に閉ざされてしまうので、初心者が雪山登山の装備なしに登れる時期はかなり限られてきます。
*齋藤…じゃあ、夏なら「高山」に登った方が良いってこと?
*鷲尾…いや、そうとも言えないんです。森林限界という言葉を知っていますか?
*齋藤…シンリンゲンカイ?風林火山なら知ってるよ!
*鷲尾…それ、あなたの故郷の敵国の合言葉ですよね…。いわゆる、森とか林とかを構成している“人間の背丈よりもずっと高い木”は、冬の気象の厳しさとかもあって「ある一定以上の標高」より上では育つことができず、生えていないんです。その標高を森林限界(注2)と呼んでいます。
*注2…森林限界の標高は緯度によって異なります。概ね、北海道の山だと1,000m前後、日本アルプスなどの中部山岳地域だと2,500m前後が目安です。
*齋藤…高い木が生えてないってことは、見晴らしも良いってことだよね!?(写真2)
*鷲尾…晴れていれば…ですね。雨が降れば逃げ場がないため濡れるし、風が強ければ、直接影響を受けます。落雷に遭うリスクもある。ついでに言うと、高いところは寒い。
*齋藤…どれくらい寒いの?
*鷲尾…一般的に、標高が1,000m上がると気温は約6℃下がります。あと風速1mの風が吹いていると体感気温はそこからさらに1℃下がります。つまり静岡の海岸部(標高0m)が35℃の真夏日でも、富士山頂(3,776m)で風速5mの風が吹いていると、体感気温は7℃ちょっとしかない。ということになります。
*齋藤…うわー!冷蔵庫だ。確かに、涼しいというよりは寒いって感じだね。
*鷲尾…あと森林限界より上部に行くと、植物はハイマツという背丈の低い松や低木・草(いわゆる高山植物)が生えていますが、足元は岩がゴロゴロしているいわゆる「ガレ場」(写真3)になっている場合が多く、落石や転倒のリスクも高まります。
*齋藤…なるほど。じゃあやっぱり最初のうちは「低山」だけにしておこうかな。
*鷲尾…山そのものの「高さ」に加えて、もうひとつ気にしてほしいのが、あるくルートの「標高差」です。例えば奥多摩にある川苔山は標高1,363mですが登山口(鳩ノ巣駅)の標高が300mちょっとしかないので、標高差は1,000m以上もあるんです。逆に北アルプスの乗鞍岳は標高3,026mですが、登山口(畳平)の標高が2,700mあるので標高差は300mで済みます。
*齋藤…1,000mってことは、東京タワー3本分も登るんだ。無理かも…。
*鷲尾…そうですね。初心者のうちは、1日の標高差が5~600mくらいまでのコースを選ぶのが無難ですね。少し体力に自信がついてきたら標高差1,000m前後にチャレンジ、そこでも問題なければ標高差1,500m以上(写真4)に、とステップアップしていきましょう。
*齋藤…ちなみに標高差600m登るのに、どれくらい時間がかかるの?
*鷲尾…いい質問です!山の斜度やその人の体力によっても大きく変わるのですが、初心者が無理のないペースだと、だいたい1時間で300m前後の標高差を登り、1時間で400m前後の標高差を下れるペースが目安だと思います。このペースで600mの標高差を登って下ると、休憩なしでも3時間半くらいの時間がかかります。初心者のうちは、1日の歩行時間は長くても4時間以内に留めたいところです。その意味でも標高差が600mくらいまでのコースを選ぶのが無難というのは理に適っています。登山地図やガイドブックには、だいたいルートに所要時間(=コースタイム)が書いてあるので参考にして下さい。
コースの形状
*齋藤…それ以外にコース選びで注意することって、何かあるかな?
*鷲尾…コースを地図でなぞった時の“カタチ”ですかね。カタチには「往復コース(図5)」「周回コース(図6)」「縦走コース(図7)」の3種類があります。図にすると、こんな感じ。
往復コースなら、途中で体調が悪くなっても引き返すことができますよね。登ってきた道を下るので、登山道の様子もわかっていて割と安心です。
周回コースの場合、登りと下りの道が違うので景色に変化があって面白い反面、途中で何かトラブルがあって時に、引き返すか?残りを歩きった方が良いか?難しい判断を迫られることもあります。
縦走コース(写真8)になると、登山口と下山口が違うので交通手段も限られますし、荷物も原則すべて背負って歩く必要があります。
*齋藤…マイカーで縦走は、無理だね。
*鷲尾…そうですね。縦走の場合は、下山口の交通機関のダイヤを把握しておくだけでなく、万が一縦走を断念せざるを得ない時のエスケープルートも考慮に入れておく必要がありますね。
*齋藤…どこの山に行こうかな♪
*鷲尾…しつこいけど、もうひとつだけ注意があります。さっきの乗鞍岳のように登山口の標高が高い、つまり高いところまで乗り物で行ける「高山(注3)」は標高差・歩行時間が少ないので初心者にも人気があります。注意点としては、さっき説明したとおり、森林限界より上での行動になるので、風・雨・寒さへの対策やガレ場での怪我に備えて、しっかりとした装備・服装で出かけて下さいね。
*注3…乗り物で高いところまで行ける代表的な「高山」
・木曽駒ヶ岳(2,956m)…約2,612mの千畳敷カール(写真9)まで駒ケ岳ロープウェイでアプローチ可能
・立山・雄山(3,003m)…約2,430mの室堂(写真10)まで立山黒部アルペンルートでアプローチ可能
・乗鞍岳(3,026m)…約2,700mの畳平まで、乗鞍スカイラインでアプローチ可能(写真11)
*齋藤…わかった!じゃあとりあえず、東京の近くの標高差も歩行時間も少ない山で練習して、体力がついたらやっぱりアルプスに行きたいから槍ヶ岳とかに挑戦してみようかな♩
でも、山の道具や服って、高いんだよね。何を買ったら良いのかな。
*鷲尾…じゃあ、これから登山用品店に一緒に行ってみましょう!
☆第2章に続く☆
プロローグ
はじめに…
新緑や紅葉など季節によって装いを変える山肌、可憐な高山植物、絶えず移ろう空の諧調…雄大なスケールで展開する自然の景観が、そこにはあります。
渓流のせせらぎ、甘く香る花の匂い、頬を撫でる風…五感に愬える何かが、そこにはあります。
ヤマノボリは、自分の脚で歩いたからこそ味わうことのできる感動を与えてくれます。
けれども初めての人にとっては服装・装備や体力などの不安など、敷居が高いのも事実。
そんなあなたのために、登山初心者の基本的な疑問や心配を、登山ガイドがわかりやすく解説します!
登場人物
*登山ガイド・鷲尾
東京都(でも高尾山の近く)出身。
鍵っ子&TVっ子だったため、小学生時代から刑事ドラマやハードボイルド映画・時代劇に耽溺。
・Favorite SAMURAI:故郷のヒーロー・土方歳三
・Favorite Actor;舘ひろし
・Favorite GUN:ベレッタM92F
ここまではかなり危険な経歴だが、中学~高校と山岳部に所属し、青春を山で過ごして何とか更生。
公益社団法人・日本山岳ガイド協会認定 登山ガイドステージⅠ
*山ガールになりたい女子・齋藤
新潟県出身の20代女性。
普段はジブリ映画やバーチャルYoutuber鑑賞や、読書や漫画をこよなく愛する典型的なインドア女子。
最近は休日のリフレッシュとして、 “山”へ行きたいなと考えている。
はじまりは憧れから…
*齋藤…最近、地元の友だちが山にはまっていて。毎週末インスタに上げてる写真がすごくキレイで、うらやましくて!私でも山登りってできるのかな?
*鷲尾…登山を好きな人が増えるのは、ガイドとしても一人の山好きとしても、とってもうれしいです。もしよければ、山登りのイロハから何でも(注1)教えますよ!
*齋藤…わー!ぜひお願いします!!
(注1)体力や経験の差などもあり、山の知識や技術は誰にでも通用するものではありません。これからお話することは、ひとりのガイドの個人的な経験に基づくもので、なおかつ登山初心者向けの基礎的な内容です。あくまでもヒントのひとつとして活用いただき、最後は自己責任での登山をお願いします。
そんな齋藤さんの山ガールへの道を、この連載と下記の姉妹編ブログでご覧ください!!
☆第1章へ続く☆